徒然なるままに、そこはかとなく書き綴れば。
「福岡県筑前町の三輪中学校2年の男子生徒がいじめを苦に自殺」の事件。

その後に行われた臨時前項集会の好調の話…なんとも憤りを感じずにはいられない内容だった。「先生」っていうのはもういなくなってるのかもしれないな…。

教育委員会に提出する先生達の成績表なるものがあるようだ。「いじめ」の発生したクラスの担任は勿論原点扱いになるらしい。当然そこでおきるのは学校ぐるみの隠蔽だ。明るみにでて、問いただされたところで「気付かなかった」「軽視していた」などの言い訳がよく報道されている。なんとも救えない話だ。
そもそも、評価すべき着眼点がずれているんじゃないだろうかね。「いじめ」の有無で評価すべきではなく、どう「解決したか?」でないかぃ(`Д-)y-~~アァ?

「いじめ」は昔からあるもの、多分いじめを無くすのは不可能に近い。教育機関、なにか見直しできんもんかねー。問題を追っていけば家庭、地域、現代のイロイロなものが絡んできて…なんとも言葉にならないけどさぁ。

いつの世も、子供達は簡単に時代の犠牲者になってしまうのだろうか。

…とはいえ具体な名案なんで考える知識もなくただ憤りに任せ書いている私は対岸の火事を眺めているだけかもな…

| 柱 |ヽ(-公-;)…


私は小中高と師に恵まれていた。友に恵まれていた。家族に恵まれていた。近所のガンコオヤジに怒鳴られ、膝を擦りむき、木の棒を振って歩いた。時代に恵まれていた。

故郷を遠く想います。拝啓。先生方、友よ、父母姉ちゃん、町内の方々、テレビの前で何を思っていますか?

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by bosaneta | 2006-10-19 05:07 | 考察-thoughts-